25th Anniversary

25th記念企画第0弾として"劇団"辞めます!

名称に「劇団」と付けてはいませんが、迷子の遊園地はずっとそれでした。


まず言っておかなければならない事、これは解散ではありません。2003年に一度それを宣言して再び戻ってきた身としてはもう二度と使わないと決めています。そして"同様の意味"と言うわけでもありません。今後も迷子の遊園地は存在し続けます。


劇団とは何だ?

では今回の「"劇団"辞めます!」は一体どういうことか?それを説明するには私たちの考える"劇団"とは?を知って頂く事が必要かと思います。演を作る集であるから劇団。それは間違ってはいないとは思いますが、正確でもないと思います。演劇は集団を成す事で創作出来、その形としては別々の所で活動している者たちが一つの作品の為に集団を成形することもあります。定期的に活動している集団でも「ユニット」などという名称を使っている者もあります。演劇を作る集団だから劇団は乱暴な定義で、私たちは劇団のそれを「育てる」だと思っています。


育てるとは何だ?

何を育てるのか?それは色々とあります。作品であったり、創作手法であったり、様式であったり…でもそれらは「ユニット」と名乗っても可能でしょう。演出家個人でも可能でしょう。劇団ではないと育てられないモノ…それは「人」だと思っています。役者を育てる、スタッフを育てると言うことももちろんそうです。しかし、それに限らず「人を育てる」のが劇団が劇団であるという事なのだと思います。


舞台の本番だけが本番ではない

ある作品の為に集まったり、固定されたメンバーで活動したりすれば舞台の本番だけを勝負の場としてもいい。しかし、劇団ではその者のその後…次の作品、一年後、五年後、十年後…を考えての"今作"であり、少し大袈裟に言えば演劇を辞めたとしてもどんな人間としてどう生きていくのか?と言うことも見据えての"今作"なのです。もちろん稽古場では「観客とは一発勝負だ!」と言います。でもそれは一期一会の関係で言い訳もやり直しも出来ないからで、負けたら終わりでは決してありません。むしろ、負けます。最初の頃は負けだらけです。その負け、その悔しさを抱えて次へと向かう。個人個人が抱えるそれを集団としても抱える。それが劇団なんだと、そう思っています。負けた奴はもう呼ばない、もう組まない…では成立しないそれが劇団だと思っています。


つまりは、もう"未来"を見据えない

前置きが長くなりましたが、今回の「劇団辞めます!」は「作品毎の一発勝負に注力する」と言うことです。具体的に言えば「劇団員募集の凍結」「作品毎の離合集散」と言ったところです。その最大の理由としては「未来を見据えられない」と言う事。今この瞬間しか確かなものがなく、将来的に…いずれは…などと言う想いが"リアル"でない時代に、それを持って対峙をしても、それはもう響かないし、作用しないと実感したからです。それでもそこに抗うのが我が劇団かも知ませんが、残りが長いとは言えない演劇人生。我欲全開で全うしたいのです。一発勝負に賭けられる者と個人が消えても残る作品を創作したいのです。四半世紀を迎えるにあたり「0」から始める迷子の遊園地をよろしくお願いします。


迷子の遊園地 主宰・藤田ヒロシ

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